言葉足らず

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いつも誰かと会った後に思う事。
「言葉足らずだったかも・・・」

書くのは得意だが話すのは苦手だ。とっさに言葉が出てこない。
話すのは話すが、自分の得意分野のみだし、人の話を遮ってまで自己主張するタイプではないから、ついつい最後の言葉を飲み込んでしまったり、いい足りなくって説明不足だったりが多い。
だから常に帰って来たら、「ちゃんと伝わっただろうか?」「もっとこういう風に言っていれば良かったんじゃないか?」と思うことが多々ある。
もう少し頭の回転が早ければ、ちょっとした一言とか、ねぎらいの言葉とかかけられるのにな・・・。とっさの気遣いが出来ればいいのに。あとは自分が引っ込み思案だから。途中で「もういいか」っていう諦めや「これを言ったら嫌がられるかな」っていうのが出て来る。ただ単に自分を出すのが怖いだけ。特に私は、ひとりっこで兄弟姉妹がいないため、喧嘩もせず自己主張もしなくてもなんとなくで生きてこれたからってのもあるかもしれない。何か言われてもぶつかり合う意欲がまったくなくって、むしろ折れた方が楽。ただこれって、我慢を積み重ねた結果、後々、奇行となって爆発するから良くないよね。

格言の中に「沈黙は金」とある。しかしながらその前に「雄弁は銀」。
現在の意味的には黙っていること賞賛なんだけれども、話すのが上手いということも同時に素晴らしいと賞賛している。私が思うにスピーチ力のある者は人々の心を鷲掴みにするし、弁が立つ者が世界を制す。これは古い時代から今も変わらない定説。話せる力というのはそれぐらい魅力的だ。
ひとりで多数の者を説得できる能力のある者が上にいてくれなければ、下に付く誰もが安心が出来ない。

「英国王のスピーチ」という映画があった。吃音だったジョージ6世がスピーチセラピスト(言語療法士)にトレーニングを受けて見事なスピーチを聴衆の前で披露する、って話。トラウマ部分から治療していくことで話す事が苦手でなくなってくる、みたいな感じだったかな。
これを見た後、本当にスピーチセラピーに行こうかって本気で考えた。

話さないのは時として相手にいい印象をもたらさないこともある。無反応であることもとっても失礼にあたる。今の仕事をし始めてから痛感している。特に英語であれば、日本語と違ってニュアンスの違い、文化の違いなどによって伝わらない部分や理解しようにも出来ない部分がたくさんある。だからこそ、その部分は黙っていては双方理解出来ないままになる。だから英語ではなるべくメールを使って思っていることをちゃんと的確に伝えるように努力をしている。
ただ、日本語だとその部分の努力がいらないし、相手もわかっているものだと思い込んでしまうから、逆に黙っていることが美徳ではなくて、仕事ではそれがエラい問題になってくる場合がある。「ほうれんそう」っていうぐらいだからね。

英語の伸び悩みに悩んだ時も、元々話すのが苦手っていう部分でひっかかった。
お話好きの人はこれを英語で言おう、あれを英語で言おうって積極的に話すけれど、私はそこが欠けていて、聞き役にまわってしまうから、話す機会をミスってしまう。しかしそれでも仕事では嫌でも話さないといけない機会がやってくる。そこで初めて「話さないといけない!」って思うようになったのだと思う。
日本人感覚で相手の推測待ちをしても絶対に無理で説明力が試されるから、日本人モードから頭を「英語モード」に切り替えて、なんとか話せるようになった。

今私はまた新しい「モード」を作る時期に来ているのかも。
人とのコミュニケーションの上で、伝えないといけないことをきちんと、しかも自分も相手も良い気分になれるようにちゃんと伝えること、かな。結構頭使うなあ・・・。

幸いまわりを見れば、コミュニケーション力の高い人達ばかり!しかも、常に相手を気遣い、相手の立場に立つことが出来て、一緒にいると居心地がいい人がダントツに多い。自己主張だけしているのではなく、言いっぱなしではない。そういう人達がなぜそうなのかというと、ポジティブだからだ。それと頭の中が整理されているのだと思う。だからダラダラ話していない。言うべきことを簡潔で的確に伝えられて、コミュニケーション能力が高い。この恵まれている環境を活かして、自分もそうありたいなと願う。やはり寡黙よりも、人とたくさん会って、たくさん話してコミュニケーションを取れる方がいい。それはとっても重要なことだと思う。

私は言葉足らずを克服しようと思う。
こうやって書きながら自分の頭の中がいかにごちゃごちゃしているかがよくわかる。
言葉足らずでも頭の中は言葉でいっぱいだ・・・。
話すには言葉足らず、書くには言葉余り。
私の頭も部屋もそろそろ整理が必要なようだ。
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# by mandalaxsuper | 2015-07-10 15:33 | Comments(0)

ヨガは上書き

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"Yoga is a process of replacing old patterns with new more appropriate patterns."
Sri T Krishnamacharya.
「ヨガというのは、古いパターンを新しく適切なパターンに置き換えるという作業である。」


これは、ヨガマスター、クリシュナマチャリア師の残した言葉。
彼の弟子にはBKSアイアンガー、BNSアイアンガー(KとSが違うだけで流派まで変わる)、パタビジョイスなどを教えた師匠である。

さて、ヨガをしていると様々な自分の「パターン」に出くわす。
なぜいつもこちらの足は伸びないのか、なぜもう少し開かないのか等々。
肉体面での限界を知り、その時感じた瞬間の思考。
それが自分の考えの癖だ。いつもこう考えてしまう、ああ考えてしまう、それら自己回避の思考癖。焦りや諦めや意地など、人により様々だ。
自分の体に起こる感覚から生まれる感情によって反応する頭と心。
今まで無意識にそれをやっていたということにフォーカスして意識してみる。

わかりやすいのが、痛みだ。
これ以上行くと耐えられない。だから、その手前で防御して頑張らないでいる人、伸びない自分が許せなくて無理に伸ばして頑張りすぎる人。
しかしながら、今やって今結果は出ないから、丁寧に自分を扱うようにゆっくりと時間をかけていかないといけない。そうすればおのずと結果はついてくる。
痛みに対するゆるやかな甘い降伏。
その後に訪れる限界ののびしろ。

あれ、自分はここまでしか伸びないと思ったのにそうでなく、思っていたよりももう少し向こうまで行けた。じゃあ、もう少し先までいけるのかも・・・。
と思って、向こう岸に行こうとするもまだ痛みがやってくる。
そうしてまた少し伸び、少し伸びしながら、自分の限界のボーダーを拡大していくことができる。

そうすると、自分の内側にあった限界の上書きが出来る。(パターンの置き換え)
新しいパターンがその時に始まる。

いつも自分はこうだから、こうなるに決まっている・・・。
それは自分の過去の統計にすぎない。
それらは今までのことであって、これからは幾らでも変更が可能だ。

自分の思い込みによって、自分の可能性を壊さなくてもいい。
自分の可能性は自分で広げられる。
新しいパターンは自分自身で作ることができるのだから。
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# by mandalaxsuper | 2015-06-28 17:43 | ヨガ | Comments(0)

夏至

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夏至のビジョン
朝の瞑想でチラ見したもの・・・。

ピラミッドの頂点から伸びたところに輝く星が上下に二つ並ぶ。※1
ストーンヘンジの真中にも太陽が当たって光の大きな輪がキラキラ反射している。※2
チェチェンイツァではその日だけ太陽による幻影的な影がまるで蛇が降りてくるように見える。※3
アステカでは血なまぐさい儀式が・・・。
様々な文明で様々に夏至を迎えるゲートを作っている。

中央、真中、中心。
地上からのびた見えない線は太陽や星と直線で繋がっている。

しかし日本に目を向けると・・・田んぼ?
ただ自然が青々としていて、特に何もない平和な一日※4

全てはピッタリの場所に
全ては完璧な宇宙の仕組み

無理矢理に流れを逆流させてせき止めるようなことはしなくてもいい
必ずおさまるところにおさまっていく
きっと全ては正しい場所、正しい時間にアジャストされ、なるようになる

直感が強く求めたものにも決して執着せず
流れに身を任せ、自分を明け渡す
ビジュアライスしたものはそうなるように出来ているから

今日は全てが整う日なのかも
しかも、22日だし、大阪の日の入りは4:44amとゾロ目っている。

夏至だからか、ヨガをがっつりしたせいか、なんなのか、とっても眠くて今日は起きれなかった。
肉体もまた自然に調整をしているのだろう。

昨日は伏見に用事があり、稲荷駅で下車したので、伏見稲荷に久々にお参りをしてきた。
夏至直前に行けてラッキーな気配。


※1
ふたつの星って何でなんやろうと思って、後で調べてみた。
夏至の日の出前には東の空にシリウスが昇って、すぐに太陽が昇るという現象が起こる。これを「ヘリアカル・ライジング」といって、女神イシス(シリウス)と太陽神ラー(太陽)の融合する大事なイベントだったようで、シリウス歴であればこの日を始まりの日(元旦)としていた模様。夏至の太陽が沈む位置はスフィンクスの頭部分にちょうど来るから後光というか冠のようになるようにデザインされたのだそう。

※2
夏至にはストーンヘンジの中央の石に朝日が当たるようになってるらしい。
これもネット調べ

※3
他にもティオティワカンの太陽のピラミッドは夏至の日のみピラミッドの正面に太陽が沈むらしい。
これも後調べ

※4
三重県では夏至祭りあり。
二見浦では夫婦岩の中央に太陽が昇る
昔は陰暦を使っていたのだからきっと夏至に隠された祭りやその他はあると思う。
隠されているってのが和風。夏至に食べる何か、とか名残はあるけど。
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# by mandalaxsuper | 2015-06-22 16:22 | Comments(0)

新宿のスピスポ

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新宿にスピスポがあるとネットで見て、今度行ってみようと思ったら、なんと新宿ショーの会場の隣!
全然気付かずにいっつも通り過ぎてたわ、と。
去年秋のショーの時におひとりさまお参り。
今回は天音さんと一緒にお参り。

ビルの中にぽつんとある出雲大社別院。
出雲行ったのと同じだけのご利益があるそうで。

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恋弁天?
どおりで真中のオブジェがアレっぽいわけだ。
そして、丸い床部分は噴水になってるんだって。
まるでリンガとヨニだよ・・・。(わからん人はググって下さい。書かれへんし!)

なんで弁天かっていうと、この辺は沼地だったらしく水場なのでとかなんとか。
ほんでここ、浄水場の跡地らしい。
水、弁天、龍・・・。
滋賀に多いパターンここにも発見。

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ぱっと向こうみたら喫煙所でサラリーメンズ&おじさん達がたむろっているシーンが。
ちょっとした天王寺みたいなことになっている。(ローカルネタすいません。)
なんと、ちゃんと、ほんまもんの出雲大社の方から宮司さん来てご祈祷済みとのこと。

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オブジェと一体化する天音サマ。
光も祝福中。何か降りて来てっぽい!!ザ・降臨。
神がかった写真だ。

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私もソレやりますーー。と真似てみた。
疲れきったOLやがな・・・。疲労して、とりあえず何かに掴まらなフラフラ的な?
髪の毛がどっちらかってるし!笑 仕事後の夕方は気をつけましょう。


東京都新宿区西新宿2丁目6-1
新宿住友三角ビル敷地内
(都庁前)
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# by mandalaxsuper | 2015-06-21 22:02 | | Comments(0)

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京都の街中にぽつっとこんなたたずまいの建物。
なんかどっか懐かしいような。
錦市場出てすぐのとこにあるお風呂屋さん、錦湯。
「千と千尋・・・」の雰囲気にも似てる。

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ちゃんと入り口、男と女分かれてる。
よく見たら、まだ現役営業中。
一回入ってみたい。
寄席とかもやってるみたいで。

入り口のガーデニングもなんだか良い塩梅で。
友人曰く「京都のガーデニングって、植木鉢並べてるだけですよね。」と。

ふっと観光の方の声が流れて来て。
婦人「あら、ここはお湯を売っているお店なのかしら?」
殿方「どうなんだろうねえ・・・」

私「売ってるわけないやんっ!」と、小声でつぶやいておきました。
すぐ反応してしまいます・・・。

錦湯
京都市中京区堺町通錦小路下ル八百屋町535

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その辺ブラブラしてると京風町家もちらほら。
ここは重要文化財。

町家って商住一体型って意味らしい。長屋は集合集宅らしい。
ということで、町家=商人、長屋=平民、みたいな風?
うちは昔、長屋住まいで隣近所とくっついてたなー。長細くて小さいボロかったな〜。
戸とか今みたいに前後に開く欧米風ではなくて、ガラガラって左右に開けるパターンで、しかもたまにガタガタなってて開けへんかったり閉められへんかったりしてたな・・・。
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# by mandalaxsuper | 2015-06-19 22:11 | 観光事業部(京都) | Comments(0)